MAMESHIBA DIARY

Every hundred feet the world changes

私の祖先、いったいどんな人だったの?

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言われるがままに守ってきたけど
そもそもいつの、誰のものなの?

言われるがままに守ってきたけどそもそもいつの、誰のものなの?


 

私の母方の実家は、その昔金物屋を営んでいたのだとか。 本当かどうかは分からないけれど、母が言うには江戸時代頃、和歌山城にも何か貢献したとか、その際に褒美としてそろばんとかいくつかの品を貰ったとか。 本当かは分からない。 

大正時代を生きていた母の祖父、つまり私の曽祖父が大層な浪費家だったらしく、戦時中には気付けば貧乏だったらしい。 なので残念ながら三つ葵の家紋の入ったその頃の貴重なものは、もううちには何も残ってはいない。 本当ならば見てみたかったけれどね。

 

 

とはいえ、我が家にもなんとなく昔の面影の残るものがいくつかある。

一つ目が謎のお堂。 なぜかうちの先祖が市内のどこかにお堂を建てている。 私がこどもだった頃に、道を広げるためにお堂の所有者であるうちの家族に市がいろんな話をしに来ていた記憶がある。 その時にざっくりとした家系図とかあれこれを親族は聞いていたけれど、残念ながら私はあまり覚えていない。 結局あのお堂がどうなったのかも知らない。 壊されてはいないはずなので、まだどこかにひっそりとあって、今は市が管理しているんだろうか??

二つ目が謎のお墓。 祖父母が眠っているお墓の横に、かなり年代物のお墓がある。 今どきのお墓とは違って、石ももろもろで字の刻印は削れてほとんど読めないし、洗っても取れない苔もすごく、誰の物かも全くわからない。 母に聞いても、母も知らないという。 ということは、祖父母からも詳しく聞かされていないんだろうと思う。 ひいひいひいじいちゃんとか、ひいひいひいひいじいちゃんとか、なんせ「ひい」がたくさんついていた。

墓石には「安?四年 十月??」「池田屋」の文字はなんとなく見える。 多分、池田屋は当時やっていた金物屋の屋号で、「安? 四年」は安永(1772 ~ 1781年)か安政

(1855 ~ 1860年)かだろうか。 どちらにせよ、お寺の建立時期も踏まえて江戸時代の物だと思う。 

 

 

それをヒントにネット上で調べられることは調べてみたんだけど、残念ながらそれらしいものにはヒットしなかった。 安永4年なら246年前、安政4年なら164年前になるけれど、ひいひいひいじいちゃんなら安政かな。 安永ならもっとすごい数の「ひい」が並ぶはずだから。 歴史上に残るような人ではなかっただろうけれど、一体どういう人で、どういうお商売をしていた人なのかなぁと気になる。 それを考えてしまうのが私の癖。 戸籍謄本を取ったり、地元の古い文献や地図を見ると何かヒントがあるのかもしれないけれど、そこまでする時間と労力はちょっとない。

(追記:ちなみにお寺さんの資料は、第二次世界大戦中の大空襲で全て焼失してしまったらしく、一切の記録が残っていないとかで聞けず。)

 

 

いつか "探偵!ナイトスクープ" みたいな番組で調べてもらえたらいいのにな。#日韓夫婦 #日韓カップル #国際結婚 #韓国人彼氏 #韓国人夫 #年上旦那 #ワーホリ #ワーキングホリデー #オーストラリア #シドニー #ワーホリカップル #韓国語 #英語 #大阪 #ソウル #日本在住日韓夫婦 #韓国在住日韓夫婦 #苗字 #日韓夫婦離婚率 #日韓夫婦ブログ #日韓カップルブログ #日韓夫婦あるある#配偶者ビザ #パートナービザ #国籍 #日本在住 #関西在住 #インテリア #おうちカフェ #カフェ巡り

かほ(No.76/100)

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