MAMESHIBA DIARY

Every hundred feet the world changes

田舎の総合病院で計画帝王切開をした 私の入院記録

https://images.unsplash.com/photo-1511948374796-056e8f289f34?q=80&w=2370&auto=format&fit=crop&ixlib=rb-4.0.3&ixid=M3wxMjA3fDB8MHxwaG90by1wYWdlfHx8fGVufDB8fHx8fA%3D%3Dこんにちは! かほです! 韓国人夫 通称「豆柴くん」と日韓ハーフの息子 通称「子豆くん」との他愛のない日常を描いています。

術中の恐怖は想像の何倍もあって、
術後の痛みは想像していた程だった。

日韓夫婦MAMESHIBA DAIARY かほの日常


 

 過去の手術歴から、妊娠する前より出産は帝王切開になることを伝えられていた私は帝王切開に対して特に何も感じることなく妊活期間・妊娠期間を過ごしてきました。 出産までの妊娠の経過は良好。 つわりや大きなトラブルもなく、母である私の体重の増加も緩やか。 胎児の成長曲線の平均ど真ん中に沿ってすくすく育つ我が子。 協力的な会社や家族のおかげで本当に穏やかな妊娠期間を過ごさせてもらい、産休取得後は里帰りしてのんびり過ごしていました。

 出産に伴う入院期間は普通分娩の人よりも長く、帝王切開手術前日から産後8日間までの計10日間を病院で過ごした。 入院初日はまだ肌寒く冬物の厚手のコートを着ていたのに、退院時にはコートを脱いで薄手のニットとチュニックで病院を出ました。 日差しも気温も柔らかい風も、もう完全に春の陽気そのものでしたね。

 

DAY1. 入院初日

 朝から母同席のもと麻酔科の診察と手術時の説明を受け同意書サイン、当日入ってくれる手術看護師さんのカウンセリングを受けた。 過去に一度だけ脊髄麻酔を経験したことある私は、帝王切開よりも術後の痛みよりもとにかく背骨に注射するあの感覚だけに強い恐怖感があってその想いを正直に伝えた。 今回の麻酔は 脊髄麻酔 と 硬膜外麻酔 の2種類があって、この2回を乗り越えたら術中術後の痛みはかなり軽減されると説明を受けた。 それでもやっぱり前回の痛みを想像してしまって恐怖は余計に強くなった。 イラスト付きの手順説明を見るだけで背骨が疼いた。 ただ前回と違うポイントはいきなり背骨に打ち込むのではなく局所麻酔をしてから脊髄に打つ手順らしい。 だから「患者さんは全然痛くなかったとよく言うよ(。-`ω-)」と教えてもらったけど、今度は「合計4回も注射打つのか…」と違う恐怖がうまれた。(笑)

 総合病院だったのでいくつか病室のグレードはあって大部屋(4人)を希望、窓際のベッドに案内してもらった。 産科の病室は一般病棟よりも気持ちおしゃれだった。 入院当日は私を含め2人しか入院していなかったのでかなりのびのび過ごせた。 担当医・薬剤師・助産師・病棟看護師・手術看護師次々来て説明やら同意書サインをしたり、これから10日間過ごす根城を整え、途中うたた寝を挟みつつNetflix見たり、ブログをしたり… 無音の病室の中で昼食・夕食を頂き、その日は21時以降絶食になった。 明日のためにしっかり寝てねと言われたけれど、枕があまりにも柔らかすぎてどこでも寝られるのが強みの私でもさすがに眠れなかった。 真っ暗な病室で目を瞑って過ごす夜、お腹の中でウニョウニョ動く我が子に「この子はまだ気付いてないが、明日になればこの子自身の心の準備もないまま、突然外の世界に放たれるんやな…」と思った。

DAY2. 帝王切開当日

 手術当日の朝は早く、朝6時頃には起こされ準備が始まった。 検温や血圧測定、NST、経口補水液を1本接種、手術着や手術用の着圧ソックスの着用、主治医の先生の検診、助産師さんによる今日の流れの説明…入れ替わり立ち代わり人がやってきた。 そうこうしている間に母と豆柴くんが病院に到着し、つかの間の面会をした。 豆柴くんと会うのは里帰りして以来約1ヶ月半ぶりで、久しぶりにちゃんと顔を見た。 手術や出産に対しての不安は全くなかったけれど、やっぱり少し緊張はしていたので短時間でも家族の顔を見られたのは安心した。 手術開始30分前には母と豆柴くんと一緒に自分の脚で手術室まで歩いて向かった。 その時も特に何の感情もなく、「もうすぐ子どもに会えるワクワク」も「手術に対する恐怖」も感じてなかったと思う。 というよりこの期に及んで未だに実感がわいていないっていうのが正しいのかな。 数分後には手術室に横たわっていることも数時間後には子どもが産まれていることも、私にとってはリアリティーがなかった。 助産師さんと一緒に他愛ない話をしながら移動し、2人とは手術室に入る前の自動ドアで「頑張ってね」と手を振りながら応援をされて、1人で手術準備室へと向かった。  

 中に入るとすぐに本格的な手術準備が始まり "いよいよ感" が増して来て、突然不安になった。 手術台に横になって流れるように器具の装着や点滴準備、麻酔の導入が始まり、下半身が動かないと気付いた時には恐怖感はすでにピークだった。 普通分娩の人も迫ってくる痛みやいつまで続くか等のいろんな感情はあるだろうけど、意識がはっきりしている中で身体の一部が動かず、両手は固定され、内臓を触られる感触を感じる帝王切開の恐怖もまた異常だと思う。 助産師さんが気を紛らわせるために「手術が始まれば10分後には子どもに会えるよ」と声を掛けてくれたけど、私の不安感はそんなことでは今更もう拭えない。 子どもへの期待値よりも直面する恐怖感が勝ち、何かしら言葉を発していないともう制御できないくらいプチパニックだった。 赤ちゃんを取り出してお顔を見た後、胎盤の処置や縫合をする瞬間は希望があれば薬で眠らせてくれると事前に聞いていたので強く希望し、「一刻も早く出してほしい、そして早く眠らせてほしい」とそれしか考えてなかった。 ここまでくるともう「赤ちゃんに早く会いたい」「やっと会えたね…はじめまして」なんて理想的な出産シーンとはかけ離れ、ひたすら恐怖感を紛らわせるために喋っていた。 執刀医の先生には「それだけ喋れたら大丈夫」「こんなに喋る人はおらん」とまで言われる始末。

 そんな異常な恐怖の中で準備時間を約30分過ごした後、予定時刻通りに手術が始まった。 手術が始まると電気メスで肉を切る焦げ臭い匂いや、痛覚こそないものの腹部を切ったり開いたりクリップで固定されるのを感じた。 何より1番怖かったのは若い先生が立ち合いをしていたので執刀医の先生が手術の手順を話しながら進めており、よりリアルに今の様子を想像をしてしまったこと。 今考えると当たり前のことだけど、お腹を切るのは1回きりではなく、皮膚を切って、腹膜を切って、子宮を切って…と何度も何度も切るんだね。 自分が経験するまではそんな当たり前のことすら知らなかったし考えたこともなかった、1回で何層も全部切れるわけがない。 10分で会えると聞いていたのに、体感は30分くらいあってその間も手術の邪魔にならない様に小声で「怖い怖い」と手を握ってくれる助産師さんに話しかけ続けた。 一通り切り終えていざ出す瞬間、腕から肘までの広い面積を使って胃の辺りを何度も何度も強く押された。 これが1番びっくり。 切って開けばすっと取り出せるもんだと思っていたら結構力業で押し出す。 麻酔が効いてるとはいえさすがに苦しかったし、なんなら痛かった気がする。 10回程押されたあと手術室に産声が聞こえて、助産師さんに「産まれたよ~!」と教えてくれた。 頭元に連れてきてくれて元気に泣く姿を見た時、ほっとした。 出産直前まで男の子か女の子か確定がもらえなかったので「男の子ですか?」と聞いたら、「男の子だよ~!」と見せてくれた。 産まれたての状態で少しだけ手を触らせてくれて、その後すぐに私から見える位置で処置や検査をしてくれた。 その間もずっと元気に泣き続ける息子、処置が終わると私より一足先に手術室を出て新生児室に向かった。 出た先できっと母や豆柴くんとつかの間の対面をするんだろう。

 その後私は予定通り眠らせてもらい、眠っている間に産後の処置を終え、目が覚めると表皮の縫合をしているところだった。 目が覚めてからもしばらくは縫われているのを感じながら過ごす時間が続いたので「どうせならあと3分くらい眠れるようにしてくれたら…」とか思ったけど、でも当初の強い不安感はだいぶ薄れ、少しだけ朦朧とする意識の中でぽや~っと過ごした。 ちなみにそれまでずっと横についてくれていた看護師さんや助産師さんは産まれた瞬間全員赤ちゃんのもとに行き、私の横には誰もいなくなった。 当たり前だ、別に私を落ち着かせるために手術室に入ってるわけじゃないから。(笑) そして縫合する先生たちは雑談をしているのも聞いていて、縫合までくると手術もこんなほんわかした雰囲気になるんだなぁと思った。 手術前と手術後の切り替えがすごすぎて後半は違った意味で心細くなった(´-ω-`)

 レントゲンの撮影や術後しばらくの経過を見た後、病棟ベッドに移し替えられ手術室を出た。 自動ドアをくぐると母と豆柴くんが待ってくれていて「お疲れ様」と声をかけてくれた。 「赤ちゃん会えた?」と聞くと「うん、会えたよ。ちっちゃかった。」と言われ、安心して病室に戻った。

 昼前に病室に戻ってからは、ぐっすり眠った。 昨晩よく眠れなかったことに加え、手術中は麻酔が効いていても身体は体力を消耗していたんだろうな。 出血量も多めだったみたいなので余計ぐったりしていたのかも。 手術後一度自宅に戻った2人が昼過ぎにまた面会に来てくれ、新生児室で眠る赤ちゃんにもガラス越しで会えたらしい。 私はその日ベッドから身動きが取れなかったので、動画をたくさん送ってくれた。

 数分置きに助産師さんがやってきて検温や血圧測定、点滴の交換や傷口の確認をしてくれた。 短時間に血圧が高くなったり低くなったりめまぐるしく変わるらしく、変な汗をたくさんかいた。 足のむくみを防止する機械を取り付けてもらい、少しずつ麻酔が切れてくるのを感じながらベッドの上で過ごした。 「脊髄麻酔が切れて痛みが強くなったら硬膜外麻酔を追加で入れられるからここを押してね」と言われ、その時に一度だけ押したっきりその日は押さずに過ごせた。 5時間後には脊椎麻酔が切れて足先も動くようになったけど、硬膜外麻酔がよく効いていて傷口や内臓は痛くならなかった。 ついでに後陣痛らしきものも特に感じなかった。 その日は浅い眠り → 巡回で起きる → 浅い眠り…を繰り返し。 少し携帯を触る余裕もあったので豆柴くんが送ってくれた新生児室の我が子を見て過ごした。 助産師さんも新生児室に行けない私に変わって写真や動画を撮って来てくれたので産まれたての様子をたくさん見させてくれた。 「この子を本当に私が産んだのか?」とまだよく見覚えのない赤ちゃんの写真を眺めて不思議な気持ちになった。 豆柴くん似か私似か、産まれる前議論していたけど、豆柴くん似かなぁと漠然と思った。 スマホは光刺激が強いから控えめにねと言われ、寝た。

DAY3. 産後1日目

 前日から細切れ睡眠を繰り返していたけれど、7時半に起きた。 昼までは点滴も付いたままだし食事もとれないのでのんびり過ごした。 私がまだ動けないから朝から助産師さんが病室まで赤ちゃん(以下、子豆くん)を連れてきてくれて、少しの時間だけどようやく抱くことができた。

 昼には予定通り点滴と尿バックが外れ、歩行練習・トイレ練習どちらも問題なかったので、無事歩き回れるようになった。 背中からの硬膜外麻酔はあと2日ぶらさげたまま過ごすけれど、これまでのところは痛くならず。 痛みには強い性質も幸いして昼頃には普通に歩けるようになったので、そこからは必要に応じて新生児室に行ってお世話や授乳を始めた。 助産師さんには「帝王切開の人はだいたい手術翌日も新生児室には来ない」「こんな普通に歩いてると帝王切開だということ忘れちゃう」と言われ、担当医の先生には新生児室に入り浸っている私を見て「手術翌日にここまで普通に過ごせる人はおらん」と言われた。 産後1日目でそこまで母乳の量も多くない + 赤ちゃんも吸い慣れてないので泣いたら吸ってもらうのと粉ミルクをあげるところからはじまった。 「授乳すると子宮が収縮して痛くなる」と聞いていたけど、それもなかった。 「まだ麻酔が効いてくれてるおかげで…」と返答していたけど、本当に痛みに強いんだと思う。 結局硬膜外麻酔も鎮痛剤も追加無しで1日過ごした。 結局昼と夜に授乳チャレンジしたけれど、結局赤ちゃんサイドが眠気には勝てず翌日以降に持ち越しになった。

 昼過ぎには出生証明書が出来上がり、病院の面会室で一緒に出生届を記入し、豆柴くんの次の休みに提出しに行ってもらうために豆柴くんに託した。

 食事は1日全粥、でもおかずは普通。 「術後一発目にしては量が多いから、食べるのしんどかったら残していいからね」と言われたけどきっちり完食した。 病院食はめちゃくちゃ美味しいとかではないはずなのに、絶食後一発目の温かい食事はびっくりするくらい美味しかった。

DAY4. 産後2日目

 食事が完全に普通食になり、少しずつ日常生活に戻っていく。 入院中は病院の方針で完全母子別室だったので、子豆くんのお世話は母乳を欲しがった時に呼ばれる以外ないので基本的にはベッドの上でゆっくりすごした。 ママ以外は直接的な面会も出来ないので、母と豆柴くんは新生児室でガラス越しに面会をした。

 この日からちょいちょいブログをする気力があったので始める。 アイコン変更したいなぁとか、プロフィール更新しなきゃなぁとか、なんせ割といつも通りの生活をした。

 …その日の夜から母乳が大量製造され始め、パンッパンに。 冷やしながら、マッサージしてもらいながら、しんどい夜を過ごした。 帝王切開余裕やな…と思っていたタイミングで別の角度から攻撃を食らった。 帝王切開の傷よりもリンパの痛みが強すぎて、先生に相談の上鎮痛解熱剤を飲んだ。

DAY5. 産後3日目

 この日の朝に背中からぶら下げていた命綱(硬膜外麻酔)が外れる。 「麻酔を取ったら痛くなるかもだから遠慮なく教えてね」と言ってもらったけれど、結局退院するまで一度も痛くならなかった。

 この日も母乳でしんどい日を過ごす。 基本的には病室でのんびり過ごしていい期間だったけど、とにかく胸の張りがしんどくてしんどくて新生児室に入り浸って助産師さんに助けてもらっていた。 子豆くんがまだ上手にたくさん飲めないので需要と供給のバランスが悪すぎてとにかくこれがしんどかった。 術後3日目にしてようやくシャワーが解禁されたけど、あまりにも胸が張りすぎて苦しみながらシャワーに入った。 これ以降、ほとんど日常生活に戻る。

 そして豆柴くんが仕事前に役所に行ってくれ、無事子豆くんが戸籍上でも誕生した。 韓国人の豆柴くんにとっては諸々の手続きはきっと難しかっただろうに、よくできました!(書類準備から手続き一覧の作成まで手取り足取り私が分かりやすく資料をまとめたんだけどね…) あとは韓国の大使館に出生届を出しに行くのみ!

 

 ここまで▲が帝王切開の記録、ここから▼は通常の入院記録(。-`ω-)

 

 

DAY6. 産後4日目

 徐々に子豆くんが上手に母乳を飲めるようになってきたけど、それでも製造量よりはるかに少ないので相変わらずしんどい日を過ごす。 どうやら痛みに強いだけでなく母乳の製造量も多いみたい。 助産師さんは術後普通に歩いただけで、母乳が良く出るだけで、しっかりご飯を食べて寝るだけで、何をしても褒めてくれるから自己肯定感上がる。 マタニティブルーや産後うつはこういうなんでも褒めてくれる存在がいてくれるだけで気持ちも救われるんだろうな。 本当にいい病院だと思ったから、ぜひおすすめしたい。

 この日は沐浴指導があって、沐浴のやり方を教えてもらいながら子豆くんが入浴しているところを見学させてもらった。 今まで服を着たところしか見ていなかったけど、沐浴前に裸んぼにされた我が子を見るとあまりにも細くて…「スーパーで買ったお惣菜のエビフライの衣剥いだ時くらい、中身(えび)小っちゃいですね。」が率直な感想だった。(笑) 沐浴中は服を脱いでからまた着るまで全く泣かず暴れず大人しくしていたので「手のかからないやりやすい子だなぁ…」と思った。 終始気持ちよさそうに過ごしていたので、小っちゃいおじさん過ぎた。

DAY7. 産後5日目

 朝から沐浴に挑戦。 昨日見学させてもらった通り、相変わらず沐浴中は大人しく気持ちよさそうに過ごしていて、本当にやりやすい子だった。 よく眠る子で授乳の時も「ふぇっ、ふぇっ」と少しだけ声を出してすぐに授乳が始まるので本格的に泣くことはほとんどなかった。 むしろ泣くより先にこちらのタンクがキャパオーバーになるので起こしてまで飲んでもらうのが通常運転。

 子豆くんの黄疸の症状が強くなってきたので小児科で検査をした。 手の甲から血液検査をしていて、小さいお手手にあざが出来ていて痛々しかった。 検査の結果、あと少しで黄色信号に入るギリギリのラインだという事で、この日の昼から丸1日は光線治療に入った。 目隠しをされて裸んぼでブルーライトに照らされる我が子、大人しくしてたけど何も分かってなさそうでめちゃくちゃ可愛かった。 目隠しはされているけれどお世話は通常通りできるので問題なく触れ合えた。 日に日に母乳を飲むのが上手になってきたので、母は痛みから解放されつつあった。

 そしてこの日から私以外の妊婦さん赤ちゃん全員退院してしまい、大部屋を貸し切りになった。 ベッド周りのカーテンも閉めず、フェイスパックをしながら部屋を歩いたり、音を出したまま動画を見たり電話をしたり、さながら自宅のように超自由に過ごした。 ただ、個室を一人で使うのと大部屋を一人で使うのはちょっと違うというか…夜寝る時に真っ暗にするのが怖くなったので特別に許可してもらい電気を付けながら寝た。(笑) 入院患者もおらずお産もなく、複数いる助産師さんもほぼ私につきっきりになってくれたので、授乳中雑談ばっかりして過ごした。(笑)

DAY8. 産後6日目

 翌日も子豆くんは朝から血液検査をし、黄疸の数値が基準値まで下がったとの事で光線治療は一旦終了し目隠しが外れる。 母乳もまだしんどかったけど、ここまでくるとだいぶ落ち着いてくる。 母子別室のおかげで基本的には自由時間だし、ブログをしたり仲の良い友人に出産報告をするなどして本当にのんびり過ごす。

 この日、昼過ぎに産後初めて体重を計ると4kg近く減っていて歓喜。 朝食昼食も食べたあとだったので食べてなかったらもっと減ってるのでは…!?と思い明日の朝早起きを決意(。-`ω-)

DAY9. 産後7日目

 朝一の授乳を終え体重計に乗ると約5kg減っていて大歓喜。 ほぼ産前の体重に戻る! 子豆くんのお世話も慣れたもんで、授乳やおむつ替え、沐浴などほどほどにこなして貸し切りの大部屋に戻ってのびのび過ごす。 翌日昼前には退院になるので片付けを進め、見舞いに来てくれた母に荷物を託した。

 ここまで子豆くんは新生児室では一人っ子状態でのんびり過ごしていたのに、この日の夜 突然お産がたくさん重なり夕方から翌日のお昼にかけて突然4人の新生児ちゃんが仲間入りする。 噂には聞いてたけどお産が重なるって本当にあるんだねぇ…調べてみたけど満月でも新月でもなく普通の日だった。 子豆くんは新生児室のお兄ちゃんになった。 私も私で入院生活が長くなり、助産師さんも度重なるお産で忙しくしていたので急にかまってもらえなくなり、下の子が生まれる時の上の子の気持ちになった。(笑)

DAY10. 産後8日目

 朝から子豆くんのお世話を一通り終わらせ、その後に傷口の確認と内診があり退院許可が下りる。 子豆くんも黄疸の検査をもう一度して、数値が上がっていなかったので無事に一緒に退院できることに。 退院確定後お会計が上がって来て、お支払いは帝王切開+入院10日分で約34万円。 病院に出産一時金の申請も依頼していたのですがそれでも手出しがあるもんだと思っていたのにまさかの返金があるとのことでびっくり。 なんなら帝王切開だから保険金も降りる。 総合病院+帝王切開なら結構お安く済むことにびっくりした。 ただ子豆くんの黄疸治療の費用はそこには含まれておらず、保険証が出来上がっていないので2割負担で約4万円支払いをして退院する。 退院着に用意していたセレモニードレスはまだまだぶかぶかで、手も足も服に埋もれる子豆くん。 お宮参りの頃にはぴったりになってるんだろうか…

 

 振り返れば長くてあっという間の入院生活だった。 人生で初めて経験した帝王切開手術は、私にとっては術後より術中が苦しすぎて結構トラウマレベルになってる。 「産めば忘れるよ」なんて手術中も声を掛けられてたけど、私は「絶対に死ぬまで覚えててやる…!」と半ば恨みのような感情を抱いてた(笑) けど産後数週間経って今振り返るとまだ鮮明に覚えてはいるけどあの時の不安感とか不快感とかは薄れてるとは思う。 そんなこと気にしてられないくらい術後すぐに日常生活に戻されて、同時に育児が始まるんだから適応していかなきゃいけない母ってすごい。 自分自身の備忘録と同時に、帝王切開ってこんなだよ~というのが経験したことない人に少しでも届くことを願って( ˘ω˘ )#日韓夫婦 #日韓カップル #国際結婚 #韓国人彼氏 #韓国人夫 #年上旦那 #日韓ハーフ #ハーフ #日韓夫婦ブログ #ワーホリ #ワーキングホリデー #オーストラリア #シドニー #ワーホリカップル #韓国語 #英語 #大阪 #ソウル #日本在住日韓夫婦 #韓国在住日韓夫婦 #苗字 #日韓夫婦離婚率 #日韓夫婦ブログ #日韓カップルブログ #日韓夫婦あるある#配偶者ビザ #永住権 #パートナービザ #国籍 #日本在住 #関西在住 #インテリア #おうちカフェ #カフェ巡り

(No.042)

最後までお読みいただきありがとうございました

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